朝に何かする習慣を目指す59日

睡眠ログ

24:00 就寝
06:00 起床
CPAPつけれず。

WODPRESSのエディタがアップデートしている。
自然に文章をかいているような構成で使いやすいぞ。

さて、もうすぐ習慣化シリーズ終了というか、結局一ヶ月以上長くかかってしまいました。
いかんな、と思いつつもいろんなことがあったので、中断せざる得ないシチュエーションもあり、こんな結果になった。
ま、こんなものかもしれないし、ちがうかもしれないけど、やはり、文章で人を引きつけるのは難しいなと感じる。

それと、思ったこに、自己開示がある。
共感とも関係するのかもしれないが、自己開示した上で共感を得るという、一連のプロセスで好きなコンテンツができた体験から、共感と自己開示って大切だなと思う。

自己開示型のブログの利点

まず、共感という視点から、書き手と同じようなセグメントに共感を得やすくなる。昔から自己開示は嫌いで、なんで他人に意味もなく自己開示しなきゃいかんのか。ネットアイドルてるみの洗礼を見てきた世代にとって、ネットで個人情報を晒すなんて自殺行為と思い込んでいるフシがある。

いつの時代も先駆者というのがいて、今から20年ぐらい前のネット黎明期の先駆者は悲惨だ。てるみの件もそうであるが、自己開示される人が多くて強制カミングアウトみたいな、わけのわからないネット上での優位をマウンティングしたいひとたちにおもしろおかしくいじられているような痛い人々みたいな構図をよく見た。いまでもそうであろうけど、昔のほうが痛い度は高いというか、晒される側が異質すぎていて、あるいみ自分が晒される心配のいらない世界だった。

いまでは、サブカルが成立しないように、どんなに特異であっても、同じ人同士が集まりやすい環境なので、痛いというレッテルすら貼られずスティグマはどこかに消え去ったように思える。だから、みんな好きに自己開示してるし、共感を感じた人同士でつながりあって、楽しく生きている。

昔から考えたら、一般的になりすぎたはての姿なんだろうけど、特別な感じがなくなってしまったので、面白みにかける。

昔々ゴールドというクラブがったけど、特別なみたいな感じではやっていたが、ネットも同じく特別な人々が楽しんでいる世界だったように思える。
それが大衆化して、だいぶ昔とは異質になって、誰もが使うようになって、現在の姿になったわけだけど、匿名によるネガティブパワーが爆発しているのは、人間の性質ってそういうことなんだろうな。恐怖半分、諦め半分の残念だけど、もうすでにそれほど興味がないので、冷めて見ている。

人間関係が薄くなっていくのは、うそがつきやすいからじゃないかな。
現実がつらすぎて、めんどくさすぎて、適当に寂しさも認証欲求も適当に満たせる場所がネットになってしまったように見える。

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