能力が低い人ほど自信過剰な理由

心理学博士・榎本博明氏の『薄っぺらいのに自身満々な人』(日本経済新聞出版社)では、自信過剰な人の問題点について言及している。能力の低い人は、ただ何かをする能力が低いというだけでなく、自分の能力の程度を把握する能力も低い。

能力が低ければ、仕事は任せられないし、結果的に経験が積めない。そして経験を積んでいないことにすら気づけない。未知なことに遭遇できないから、力量不足も認識できない。

一方で「できる人」は、力量以上の仕事を任せられる。そして、時には挫折しながら確実に成長していく。「できない人」は、仕事をそもそも任せてもらえないか、任せてもらっても「言い訳」をひねり出して、その場から逃げて成長しない。

「自己愛」と「自信過剰」は違う

ここで言う自己愛は、愛という眼差しをもって自身を許せるか許せないか。そして常に前向きかどうかということ。自己愛が低ければ、自身をゆるせないし、前向きになれない。
自信過剰と自己愛は似て非なるもの。
自信過剰は、有害でしかない。慢心にひたれば、努力を怠り進歩をしないから、永遠に現状にとどまってしまう。そして、自信があるゆえに、他人の意見も受け入れないし、足りていない自分に気づきもない。

そもそも自信過剰になる性質がある

虚栄心とか自惚れとか思い上がりとか、自信過剰を表す言葉がたくさんあるように、そもそも人は自信過剰になる傾向にあり、失敗をする生き物である。びびって生きるより、安心して生きるほうが楽だから、自己防衛として結果的に自信過剰に陥る。
そういう傾向が誰もが強いという前提知識があれば自身を律することができるが、残念ながら自信過剰な人にそんな前段知識を持っている努力家はいない。
何事にも言えることだが、自信があると感じたら、それが手応えなのか危険信号なのか判断がつかないの場合もある。

「自信」が「過剰」なのか、わからないとき

適度な自信は必須だが、過渡な自信過剰は、有害なのであらゆる悪影響が発生するから、評価や結果をみれば、その自信が過剰なのか判断がつきやすい。
何事にも満足せず不満を抱えているのなら、自信過剰に陥ってる可能性が高い。
不満を変えようと他人のせいにしてるなら、なおさらその可能性が高い。
逆に少しでもいいから満足している事に感謝しているのなら、それは手応えによる自信の可能性が高い。微妙な差といえるけど似て非なるも、生き方に大きく影響を及ぼす重要なポイントです。別に意識高い系のTWITTERで感謝を連呼するアホと同じになれと言ってるわけではありません。
なぜなら、感謝とは自己ではない他の何かに向けられた感情であり、自己に向けられた感情ではないから。「自己でない他の何か」を敬うような他者を取り入れた自己評価である限りにおいて、それは「ただの独りよがりな自信」ではないからです。


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